#25 FC町田ゼルビア 深津康太選手 インタビュー
深津は2011年から昨年までの2シーズン、J2・東京ヴェルディでプレーした。川勝良一監督の下、当時のヴェルディはJ2では異彩を放つパスサッカーを披露していた。パスの“質”は当然身につけておかなければならないものだった。そんな環境下で、深津も学ぶ事が多かった。
東京ヴェルディに移籍して得られた経験と、偉大な選手との出会い
深津 パス1本に対しての要求が凄かった。パスが浮いたり、ひとつのトラップミスでもかなり怒られました。だから、その一つひとつのプレーが本当に大事なんだなと改めて思いました。インサイドのパスにしても、『(足の)親指に力入ってんのか!』と言われたり。その時に言われた事は今も大事にしていますし、心に残っている。凄くありがたいですし、勉強になりましたね。
自らの弛まぬ努力で、ヴェルディの中でも無くてはならない存在になりつつあった。加入初年度の2011年はなかなかレギュラー争いに絡めなかったが、翌年はリーグ戦32試合に出場。土屋征夫(現ヴァンフォーレ甲府)、高橋祥平(現大宮アルディージャ)らと肩を並べる存在感を放っていた。
深津 ヴェルディでプレー出来た経験は大きかったですね。まさかJリーグに戻れるとは思っていなかったですし、「ゼルビアで現役を終えるんだろうな」というのはありました。その時にヴェルディから声を掛けてもらったので、まさかのJリーグでした。しかも名門で。もう後悔しないようにサッカーをやろうと思っていたので、毎日ひたすら必死でしたね。
歴史あるクラブが醸し出す独特な雰囲気、ヒリヒリするような緊張感も心地良かった。そして、仲間にも恵まれた。
深津 僕がいた時はバウルさん(土屋征夫)とか森(勇介)さん、西(紀寛)さんも来ていたし、凄い選手と一緒にやれたのは嬉しかった。今、(高橋)祥平とかバウルさんはJ1で活躍している。そういう人達とチームメイトで、しかも試合にも出られていたから、そこでやっていたというのが嬉しいですね。
特に土屋との出会いは深津にとって特別だった。別々のチームになったが今でも連絡を取り合っている。
深津 バウルさんがいるのといないのとでは、ディフェンスラインの空気が違う。大先輩です。尊敬しているし、私生活でもお世話になりました。本当に素晴らしい人です。
来年で30歳を迎える深津だが、ここまで現役を続けるとは思っていなかったそうだ。
深津 25、6歳までかなと、何となく思っていましたね。プロサッカー選手の平均年齢が結構低いじゃないですか。だから、自分がここまでやれるとは思っていなかったです。でも今は偉大な先輩がいるので、その人に負けないように頑張りたいです。
偉大な先輩とはもちろん、「バウルさん!バウルさんより早く引退しない」 即答だった。土屋を筆頭にヴェルディで尊敬出来る人物と出会った。そしてチャンスを逃すまいと練習に励み、深津は日々成長していった。2年目で出場機会を大きく増やしたのも、ヴェルディで骨を埋めるつもりで戦い続けたからこそ。サッカーに全てを捧げたと言っても大袈裟ではなかった。しかし昔の深津はそこまでストイックではなかった。