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第23回 ピッチの守り人

グリーンキーパーの仕事に興味津々の僕は、鈴木さんの一日の流れを訊いた。

「通常の勤務時間は7時半から、16時半まで。ヴェルディの練習時間に合わせますから、早いときは朝の5時から仕事です。まずは散水ですね。クラブハウスに隣接されているほうのグラウンドはスプリンクラーが設置されていないため、けっこう時間がかかります。ひとりでやると、3~4時間くらいかな。次に芝刈り。ヴェルディの練習場の場合、芝の長さは25ミリです。ただし、経験の浅い僕は、芝刈り機に乗る許可が出ていません。すごいなぁと見ているだけ。その次にディボットですね。ピッチのえぐれた部分に砂を入れて補修します。あとは液体肥料を与えたり。そのあたりがメインの仕事になります」

そのほか、土の中に空気を入れ、成長を促すために根を切るスパイキング(鉄の棒をダダダッと打ち込む)、ピッチを平らにならす転圧(巨大ローラーを転がす)、日光を通すシートを張って芝を温かく保護するなど、内容は多岐にわたる。仕事柄、やっぱり雨が降るとうれしいのだろうか。

「ええ、まぁ(笑)。あんまり降り続くのは困るんですが。雨のときは雑草を手で抜いたり、事務所の掃除をしたりしています」

東京Vのグラウンドは、ベースにバミューダグラスという暖地型の芝があり、秋口にライグラスという寒地型の種を撒くことで、年間を通して常緑を保っている。この切り替えをトランディッションというそうだ。その土地によって土壌や気候が異なり、完全にマニュアル化できない仕事というのが面白い。つまり、全国各地のグラウンドに地元の芝を育てるスペシャリストがいるのである。鈴木さんには是非ともランドのスペシャリストになってもらいたい。また、日々の使用に耐えるのが前提の練習場と、週に一度最高の状態を整備するスタジアムとでは、当然求められる技能は異なる。

「現在、造園施工管理技士の国家資格取得に向けて勉強中です。僕のような指定学科以外の大卒の場合、2級の取得には1年6ヵ月の実務経験が、1級にはさらに4年6ヵ月が必要なので、少し先になると思います。いつか一人前になって、ベストピッチ賞を獲れるくらいのグリーンキーパーになりたい。周りの先輩からは、どうせこの仕事をやるならカンプノウを目指せと。夢みたいなもんですけど、そういった気持ちは忘れずにいたいです。こんなの書かれたら恥ずかしいなぁ。本当にまだ何もできないんですよ、僕」

慎み深い人柄はよくわかった。でも、チャンスがあったら行っちゃえよ、鈴木さん。せっかくの緑者だし、できるだけ長くランドの面倒を見てほしいけど、そのときは気持ちよく送り出すさ。

「この仕事をやっていて気持ちいい瞬間は、ピッチにきれいなゼブラ柄が描かれたとき。先輩の植田さんの仕事を見ているだけなんですけどね。僕にとっては雲の上のような存在です。うーん、芝刈り機を任せてもらえるのはいつになることやら」

近い将来、たぶん多少うねった感じのゼブラ柄がランドのピッチに描かれる日がくる。そのときが鈴木さんのデビューの日だ。みんな、どうか笑って許してあげてほしい。門出の日、僕はクラッキで祝いの席をもうけるよ。ヴェルディつながりの知り合いには残らず声をかける。いいね、万難を排して駆けつけること!

(了)

(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。著書に東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。

海江田哲朗 東京サッカーほっつき歩記は<毎月第1水曜日>に更新します

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