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第23回 ピッチの守り人

まさかの光景

僕がその人と出会ったのは、今年のGWだった。

東京都稲城市のよみうりランドにある東京ヴェルディの練習場(通称ランド)。東京Vユースの公式戦があり、僕は取材で訪れていた。その日、クラブハウスに併設されたメイングラウンドは、非常にショッキングな光景が広がっていた。見渡す限り、クルマだらけである。GWで遊園地の入場者が多く、どうやら臨時駐車場として使用されたようだ。いまや読売グループと資本関係にない東京Vはここを借り受ける身だ。用途に申し立てできる立場にない。練習は、もうひとつの天然芝グラウンドで行っている。

僕はクラブハウスのテラスから、ぼんやりグラウンドを眺めていた。美しく整備された緑のピッチに、クルマ、クルマ、クルマ。異様なミスマッチだ。記録として、写真を撮った。誰にも見せる気になれない写真だが、仕事柄そうするしかない。

ここは僕らにとって聖域なのである。ジョージ与那城が、ラモス瑠偉が、三浦知良が汗を流したピッチだ。ユースの若い選手などは、トップの練習に呼ばれて足を踏み入れるだけで、身体がガチガチになるほど緊張したと聞いた。それらが僕の感傷にすぎないことはわかっている。世の中は経済で回っている。正しいよ。経済的に正しいだけで、ほかには何もないけど。

作業着を着た若い男性が、屈みこんで車の下を覗きこんでいた。僕は声をかけた。何を言ったかは憶えていない。参っちゃいますね、とかそんな軽い言葉だったような気がする。なんとなく、同じ気持ちで話ができそうな予感があったのだ。男性は顔を上げた。無表情だ。何も見ていないような眼をしていた。僕は何度かこういう眼を見たことがある。すべて、いいときだったためしがない。

その人はグリーンキーパーだった。芝生の管理をする仕事だ。僕らは短い会話をした。大学を出たばかりで、今年からこの仕事を始めたそうだ。むごたらしい光景を横目に話がはずむわけもなく、連絡先を聞き、その日は別れた。いつか、この人の話を書きたいと思った。

翌月、僕は近所のスポーツバー『カフェ・ド・クラッキ』で、ジンジャーエールを飲みながらダラダラしていた。ここは東京Vを応援する店として広く知られる。すると、オーナーが「そういえばさ」と思い出したように話し始めた。

「こないだ、ヴェルディの練習場で働いているって人が来たよ。芝生の整備とか言ってたかな。ユニフォームのストラップを買っていった」

あっと思い、こんな感じの人だったでしょと勢い込んで聞いた。人物の特徴はきれいに一致する。あの人、ファンだったんだ――。ダラダラするのはやめにし、家に帰ってすぐに電話をかけたのは言うまでもない。

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