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第23回 ピッチの守り人

芝生は赤ちゃんと同じ

「会社のみなさん、優しくしてくれます。僕みたいな若いのはほとんどいなくて、40代より上の方がほとんどです。基本的に新卒は採らない方針らしくて。先輩たちの仕事ぶりは本当にすごいですよ。知識、経験、情熱、どれを取っても自分では話になりません。『ほら見ろ、芝の茎が黄色くなってるのは窒素分が足りないんだ』など、仕事の現場でいろいろ教えてくれるんですけど、何を言っているのか全然わからないときもしょっちゅうあります。とにかく必死にメモを取って、あとで調べて。その繰り返しです」

鈴木さんは上司への尊敬の念を隠さない。ストレートに憧れている。僕はそれがとてもいいと思った。だいたい新入社員なんて、口を開けば上司の悪口が出てくるのがほとんどだ。

「芝生は赤ちゃんみたいなものだって、みなさん言います。言葉を持たない赤ちゃんは、欲しているものを伝えられない。芝生も水が足りない、肥料が欲しいって言えませんよね。それを自分たちが察して、育てるんです。全部、先輩からの受け売りですよ。僕はまだ、ただの作業員。指示されたことをやっているだけですから。生物学の見地から何をすべきか自分で判断できるようにならなければ、グリーンキーパーとは言えません」

そんな鈴木さんにとって、あの日のランドの光景は屈辱だったはずだ。僕なんかより、ずっと。

「タイヤ痕で芝生がめくれていないか心配で見て回っていました。思ったほどのダメージはなくてほっとしたんですが、芝に良くないは確かです。あそこのグラウンドはよみうりランドの所有物で、僕の働いているところはその子会社なので、どうこう言える立場ではありません。しかも、新人だし。ただ、僕にもそういう感情はあります。気持ちは一緒ですよ。サッカー大好きですから」

読売グループのなかで、東京Vの練習場を含むよみうりランド一帯の再開発が検討されている。僕が初めてそれを聞いたのは、2009年のことだ。こんなことを言いたかないが、遊園地の繁忙期に臨時駐車場で使用されるくらいなら、まだマシなのかもしれない。将来、きれいさっぱり消え失せる可能性だって否定できない。男女のトップから育成組織まで、同じ敷地内で肩を寄せ合い練習できるのは、東京Vの貴重なアイデンティティである。もっと言えば、日本サッカーの文脈において、ランドはある種の文化財だ。これは単なる感傷ではない。ついでに慢性的なグラウンド不足の東京都では、天然芝2面、人工芝2面の大規模な施設は希少である。経済の原理原則? ふーん、そいつはクールで、かっこいいね。

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