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第29回 新たな胎動

酔狂な男がいる

その人のことを耳にしたのは、単なる偶然だった。

1月某日、私はブラインドサッカー(視覚障害をもった選手がプレーできるように考案された5人制サッカー)の体験会に初めて参加した。アイマスクをしてボールを扱うのは予想以上にむつかしく、あまりの不出来に愕然とし、それゆえに新発見も多く楽しかった。

体験会のあと、高田馬場のカフェバーに場所を変え、懇親会に移った。そこで、たまたま同席になったのが伊藤忠商事にお勤めのSさんだった。

「以前、うちに勤めていた丸山ってのに誘われて参加しました。あいつはほんとにサッカーが好きで、東京に新しいクラブを立ち上げるために会社を辞めちゃったんですよ」

へえ、酔狂な男がいるもんだね。私はジンジャーエールをがぶ飲みしながら、面白そうな話だと興味を持った。

「サッカーのために伊藤忠に入ったフシがあるんだよね。企業の経営を学ぶために。だから、会社を辞めること自体は不思議に思わなかったけど、大胆なことをするもんだなと」

すると、同じテーブルを囲んでいた長髪の男性が「そのクラブ、CRIACAO(クリアソン)っていうんですよ。今年から東京都1部に昇格しました。エンブレムは僕がデザインしたんです」と教えてくれた。オフィシャルサイトを見せてもらうと、かなりしっかりした作りだ。ますます気になる。聞けば、日本ブラインドサッカー協会と業務提携しているらしく、その目の付けどころもいい。ぜひ一度会ってみたいと思った。

つくづく、人との出会いは偶然に左右されているように見え、その実は何かに導かれるように出会うべきタイミングで会うようにできている。とんとん拍子に話は進み、後日、私は新宿区大久保のクリアソンのオフィスを訪ねた。ここは日本ブラインドサッカー協会とシェアしている。

丸山和大さん、29歳。株式会社CRIACAOのCEO(最高経営責任者)を務める。高校時代は桐蔭学園でプレーし、インターハイはベスト16、高校選手権は1回戦で奈良育英に敗れた。同期でプロになった選手はいない。ひとつ下の代に、横浜F・マリノスやガイナーレ鳥取に所属した阿部祐大朗、水島ヒロの芸名で知られる齋藤智裕がいる。

「高校の最後はサッカーに疲れてしまった感じでした。3年の選手権、メンバーには入ったんですが、試合には出られずに終わっています。やり残した気持ちがあり、大学でサッカーをやり直そうと思ったのですが……」

丸山さんは立教大に進学し、最初はサッカー部に入るつもりだった。立教大はかつて元日本代表の渡辺正や横山謙三を輩出しているが、強豪チームではない。そのわりに見学の際に上下関係の理不尽な厳しさが感じられ、自分には合わないと思った。そこで、丸山さんは学内のサークル、立教大学サッカー愛好会でプレーすることを選ぶ。

「真剣に打ち込むようになったのは2年目からです。後輩に桐蔭や武南でバリバリやっていた選手が入ってきて、本気で日本一のタイトルを目指そうと決めた。週に3日、きっちりトレーニングして、身体に負荷をかけるフィジカルメニューも練習に取り入れました」

困ったのは、遊びの延長でボールを蹴りたかったメンバーだ。サークルの代表を務める丸山さんに対し、「なんだよ、あいつは。しゃかりきになりやがって」との不平不満を陰で漏らした。

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