第17回 在日コリアン・サッカー(前編)
北朝鮮にまつわる母の思い出は、もうひとつある。仕事が休みのとき、玄界灘に面する海辺で浜遊びをしていたときのこと。岩陰からカーキ色の軍服らしきものを着た男ふたりがぬっと現れ、足早に近寄ってきた。
「あれはきっと拉致よ。一緒にいた女の子と逃げて、ワカメ漁のおばちゃんに助けてもらった。『大丈夫よ。わたしの後ろにおりんさい』と言ってくれてね。危なかったぁ。あのとき連れて行かれたら、あんた生まれとらんとよ。この話、誰も信じてくれんけどね」
真偽はともかく(時期や場所からして、確度が高いとは言い難い)、母のなかで『イムジン河』に心を揺さぶられた感動と、拉致されかかった恐怖は別々に存在している。物事の正しいありようとは、そういうものだろうと私は思う。一緒くたにすると、すべて灰色に塗りつぶされてしまう。
冷え冷えとしたロビー
そもそも『イムジン河』について母に訊ねたのは、FCコリアの関係者と会うことになったのが発端だった。自分と在日コリアンを結ぶ線はか細く、知識のほとんどは映画や本によるものだ。梁石日や金城一紀の小説は面白く読んだ。井筒和幸監督の『パッチギ!』もいい映画だ。主演の塩谷瞬、沢尻エリカが好演し、あのスクリーンに映し出されたふたりが、のちに芸能ゴシップを盛大に賑わせることになろうとは。サッカー関係では河崎三行の『チュックダン!』(双葉社)に在日朝鮮蹴球団の歴史がつぶさに描かれている。
つまり、これといって体験がない。私の暮らす立川市は朝鮮学校やコリアタウンがあるのだけど、取り立てて深い関わりはない。仕事関係では在日コリアンの編集者がいる。しかし、そのへんは特に意識せず、お気楽に付き合っている。
東京都北区で活動するFCコリアは関東社会人リーグ1部に属し、在日コリアンを中心とするクラブチームである。昨年は関東1部で7位の成績ながら、全国社会人サッカー選手権大会で優勝し、全国地域サッカーリーグ決勝大会に出場。1次リーグで敗退し、JFL昇格の目標は達成できなかった。
1960年代から70年代にかけて、無類の強さを誇った在日朝鮮蹴球団にルーツを持つが、朝鮮総連の直系として実質的なプロ集団だった当時のチームとは本質的に別ものだ。在日朝鮮蹴球団は99年に幕を閉じ、アマチュアチームとして再出発してから現在のFCコリアがある。
FCコリアの総監督と代表を務める人物を、李清敬(リ・チョンギョン)という。現役時代は在日朝鮮蹴球団でプレーし、引退後は指導者に転身。朝鮮籍の指導者としては初めてJFA公認S級コーチングライセンスを取得した。
私は東京偉蹴の編集サイドから「コリアの人たち、面白いよ。一度会ってみたら」と後押しされ、ほんの軽い気持ちでアポイントをとった。東京における在日コリアンのサッカーは興味深い題材だ。そこに何があるのか見てみたい。