TOP>>コラム>>column ほっつき歩記>> 第15回 ヨミウリの化石
kaieda

第15回 ヨミウリの化石

ゲームが終わり、相川は白井さんに言った。

「君はすごいよ。誰よりも走り、ボールに触り、ゴールも決めた。でも、それだけだ」

呆然とする白井さんに、相川は話を続けた。

「ラモスを見てみろ。あいつらはカネを稼ぎにブラジルから日本に来ている。うまい奴が必要なんだ。うまくなりたいなんて選手はいらないんだよ。なぜ4年前に辞めた? 続けていれば、俺はおまえをいま以上の選手にしてやれたのに。残念だよ。じゃあな」

相川の言葉は、白井さんの胸をえぐり、深い疵となった。重い足取りで、4年前と同じ坂道を下った。

「あの言葉は20年は消えなかったな……。相川さんは大変厳しい方だったけれど、それだけではなくてね。不思議と人情味があった」

現在、公認会計士と税理士の資格を持つ白井さんは、財務のエキスパートとして活動している。Jリーグの新人研修の講師を8年間務め、日本トップリーグ連携機構のプロジェクトメンバーにも名を連ねている。また休日は、地元の鶴川ブルファイトという少年チームのコーチをしている。

ほんのわずかな期間であれ、人生を決定づけられることがある。白井さんにとって、それは読売クラブで過ごした日々だった。

「試合前の練習、始まってるよ。そろそろ行ったほうがいいんじゃない? まだまだ話すことはあるが、それはまた今度の機会にしよう」

白井さんの言葉に促され、私はベンチから腰を上げた。礼を言ってその場を去り、少し離れた場所から白井さんを振り返る。緑に染められた風景のなかでも、白井さんの鮮やかな全身緑はひと際浮き上がって見えた。

(了)

(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。著書に東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。

海江田哲朗 東京サッカーほっつき歩記は<毎月第1水曜日>に更新します

◆前後のページ | 1 2 3 |