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第14回 伝えたいこと

サッカーが青春

ピッチリポーターの仕事は、どのタイミングで何を伝えるかの勝負だ。チームの状況や選手コメントなどの資料は用意される。だが、解説者も同じ資料を持っているため、それに頼りきるわけにはいかない。そのため、試合前には自分の足を使い、情報を集める。可能な限り対戦相手の練習場にも足を運び、監督や選手に取材をする。相手の立場からすれば、会ったこともない人に自分のことを語られるのは嫌だろうという思いもある。

ほんの短い言葉で、その選手の何を語ればいいのだろう。思いあぐね、気持ちが沈むこともある。選手たちはさまざまな思いを胸にピッチに立っている。自分はその一端しか知らない。でも、苦しい練習を経て、試合に出られない選手の気持ちも背負い、そこにいることは想像できる。それを、たった2行程度のコメントにどうまとめればいいのだ。ああでもないこうでもないと悩み、オリジナルの資料作りはいつも徹夜になる。

安田美香、フリーアナウンサー。通称、やっさん。Jリーグのピッチリポーターの仕事を始めて6年になる。主に湘南ベルマーレを担当している。

「反省ばかりなんです。実況や解説者の方が話している間に入っていくタイミングが難しくて。どうしても伝えたいことを優先して話すようにしていますけど、いつも用意していることの10分の1も言えません。試合で活躍している選手のことはもちろん、ベンチに入れず悔しい思いをしている選手たちのこともできるだけ話したい。表面をなぞるだけでなく、ピッチの奥にあることを知ってもらうのが一番うれしいですね」

やっさんは、神奈川県の二宮町で少女時代を過ごした。駅でいえば、東海道本線の平塚からふたつ隣だ。サッカー少女だった。

「二宮はタヌキが出るような田舎町なんです。わたしは真っ黒に日焼けした男の子みたいな女の子。足が速くて、通知表の体育は5のタイプです。サッカーというスポーツを知ったのは、テレビで『キャプテン翼』を見てから。自分もやりたいと思って、近くのサッカー少年団に入りました。砂場でオーバーヘッドキックの練習をしたりして」

中学に上がり、やっさんは予想外の現実に直面する。サッカーを続けたくてもチームがないのだ。

「どうしてもサッカーがやりたくて、チームを作りました。チーム名は西湘レディース。メンバーは常に11人ぎりぎりです。あの頃は女子でサッカーをやっている子なんて、周りにいませんでしたから。町内の運動神経のいい子を誘い、お母さんやお姉ちゃんにも入ってもらい、どうにか試合ができる状態です。みんな本当に下手で、インサイドキックがまともに蹴れない。それで自分のお母さんをイライラして怒鳴っちゃうんです。おかげでそのときは親子仲までギクシャクしちゃって(笑)。冷静に考えれば、一般の主婦が急にスポーツを始めて、うまくできるはずがないんですけどね。そうまでサッカーがやりたかった理由は……なんだろう。時間の流れが変わる瞬間があるんですよ。突然、周りの動きがスローモーションになって、自分の身体が自然に動き、相手が逆に動いて、導かれるようにゴールが決まる。子ども心にあの感覚が面白くて、忘れられなかったんだと思います。あれ、わたし変なこと言ってますね。そういう不思議ちゃん、見ているだけで腹が立つほど苦手なんですけど」

3年間、悪戦苦闘しながら活動したチームは、メンバーがそれぞれの道に進み、自然消滅した。さて、どうしよう。高校生の制服に袖を通したやっさんは新たな壁にぶつかった。

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