第14回 伝えたいこと
今のホリプロに所属してから、思わぬ転機が訪れる。サッカー経験を買われ、芸能人フットサルチーム『XANADU loves NHC』のキャプテンに任命されたのだ。背番号は9番。仕事でサッカーができる。やっさんにとって、僥倖以外の何ものでもない。モーニング娘。のメンバーなどで構成される『Gatas Brilhantes H.P.』との試合は代々木体育館で行われ、満員の観衆の視線を浴びてプレーした。
「そのとき思ったんです。サッカーが迎えに来てくれたって。アイドル崩れみたいなわたしを(笑)。夢のようでしたよ。人からプレーを見てもらえる経験さえほぼなかったですから。拍手で迎えられ、ゴールが決まればワーッと喜んでもらえる。鳥肌が立つほど感激しました。芸能界の仕事がサッカーにつながったのがうれしかったですね。そんなことありえないと思っていたのに。模索していた十数年を経て、それでもサッカーをずっと好きでいたら、こんな形で行き着くなんて」
やがて、昔から応援していた湘南ベルマーレとも、やっさんは結びつくことになる。あるラジオ番組のワンコーナーで湘南の企画を提案し、それが通ったのだ。地道な活動がクラブから評価され、スカパーのピッチリポーターにも推薦してもらえた。
「気づけば、ずっとサッカーと一緒でした。いつも隣にサッカーがあった気がします。ボールを追いかけていると頭が真っ白になれるんです。子どもから大人になっていく不安定な時期、身体と心がバラバラになっていくような不安を、サッカーはグッと押し戻してくれた。わたしにとってはそういうスポーツです。ただ、サッカーの試合をテレビで見ていると、自分だったらこうするのにと気持ちが勝手に高ぶって、消しちゃうんですよね。仕事だから見なくてはと、またつけるんですけど。一方、女子の試合は単純にうれしい。『女子サッカーをテレビでやってるよぉ。すっごーい!』と興奮しきりです。うらやましいというより、よかったなぁという気持ち。素直にそう思えます」
2006年5月、やっさんは結婚し、一児の母となった。現在、サッカー関係のほかに、ラジオNIKKEI『イケラジ』のパーソナリティ、子育てバラエティ番組『子育てシャベリ場! ホリプロ保育園』園長として活躍中だ。
「息子は2歳になります。子育ては大変だというのが正直な実感です。24時間、自分の時間がほとんど持てない。もちろん可愛いし、ほかの何よりも大切な存在なんですよ。だけど、自分が人生の主役だった時間は終わって、バックアップに回るんだと思うと少し寂しい気持ちになる。また、これから自分に何ができるかを考えたとき、子育てとサッカーをつなげることができないかなと。サッカーは子どもの成長に必要なことを授けてくれるし、サッカーをしてみたいお母さんもいると思うんです。そういう場所を作りたいですね」
J1の舞台で湘南のホームゲームのピッチリポートを務めることも目標のひとつだ。2010年、J1にいた時期はあいにく出産の準備と重なり、仕事ができなかった。今季のJ2は第36節を終え(天候不順により未消化試合あり)、湘南は自動昇格圏の2位につけている。チャンス到来と、やっさんのリポートにも力が入る。
(了)
(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。著書に東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。
海江田哲朗 東京サッカーほっつき歩記は<毎月第1水曜日>に更新します