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『いしかわごうのウルトラなる挑戦記』 第5回 39分の秘密

試合として印象的だったのは、ノジマからのフルスロットルの圧力を受けながらも、スフィーダの選手達がみな落ちついてプレーをしていたように思えたことだ。試合後、川邊監督にそのあたりの「39分の秘密」を聞くと、こう明かしてくれた。

「ノジマさんは負けているので、勢いに乗って来るというのは分かっていました。そこで守るのではなく、カウンターで1点取ろうと話していました。極端なことを言えば、ウチは今日、引き分けでも良かったんです。だから2点までなら失ってもOKでした。打ち合ってもいいから点を取りに行こう。そういうプランでした」

なるほど。

前日にライバルの福岡が敗戦したことにより、スフィーダにとってこのノジマ戦は、「絶対に勝たなくてはいけない試合」ではなく、「負けなければいい試合」になっていた為、それが大きなアドバンテージになっていたということか。確かに引き分けでもいいという状況になると、2点リードしている条件下での39分は、メンタル的にはさほど難しくなかったかもしれない。

とはいえ、急遽、発表された試合である。選手達のコンディションとメンタルの調整は簡単ではなかったに違いない。試合が発表された当日の夜、言い換えれば、前日練習に現れた選手達の様子を監督にきくと、あまりにマイペース過ぎて、「この子達、大丈夫なのか(笑)」と逆に心配したそうだが、実際に、プレーしている選手はどうだったのだろうか。

主将のDF田中麻里菜によれば、意識していたのは「いつも通り」に試合をすることと話す。

「もちろん、しっかりとした公式戦なので、気持ちを整えてから臨みたいという思いはありました。ただ環境的には、普段も仕事をしてから練習をしているという状態ですから、いつも通り、トレーニングにしにいくような気持ち、ナイターゲームをする気持ちで来ました。アップとの時も、あまり意識すると固くなるので、いつも通りにやろうと。だから、リラックスしてましたね。臼井が仕事で遅れることになり、みんな『ウソ?』となって動揺はあったかもしれないですが、ひとりひとりがメンタルコントロールをして臨めたと思います。試合前も、私が何か声をかけるというよりは、自分がたくさん声を出すことでアドレナリンを出すようにしていました」

この1年を通じて、選手達は心身ともに逞しくなっているのは間違いないだろう。川邊監督がこう振り返る。「今年は(先発)メンバーが替わることが多かったですが、それぞれがモチベーションを落とさずに切磋琢磨しながらやってくれたと思います。去年はメンバーを固定してましたから、誰かがいなくなると、チーム力がガクンと落ちてしまいました。その為、コンディションを整っていなくてもその選手を出さないといけなかった。今年は、選手の誰かがいなくてもやれるという自信をつけてくれた。良い意味で、僕もメンバー選びに悩まされました」

何より川邊監督自身にとっても、監督として成長を感じたシーズンだった。

「良いとき悪いときを経験しながら、サポーターの皆さんにも支えてもらいながら、気持ち良くやらせてもらいました。僕もチームもまだ若いですけど、今シーズンも一緒に成長できたかな」

試合後、こんな一コマがあった。

選手とスタッフが一同に集結し、駆けつけてきたサポーターの前で挨拶をしようと一列に並んだ。いつものように、主将の田中麻里菜が代表して「ありがとうございました!」と一礼しようとした瞬間、遠くから「おい、ちょっと待てよー」と声がする。そう言いながら、走って駆け寄ってきたのは、川邊監督だった。入れ替え戦の出場が決まった感動の瞬間を、よりによって現場の指揮官を置き去りにして挨拶しようとしていた構図・・・サポーターからは笑い声が漏れていた。

「あれは、ないっすよね。そういう空気を読めないところが田中はあるんで(笑)」と川邊監督。これには田中麻里菜も「いつもそのまま一緒に来るイメージがあるんですが、どこかで話でもしていたんですかね。すみませんと、謝っておきました(笑)」とバツが悪そうな表情で話していた。

3日後の9/22(日)には、リーグ最終節の日体大戦もしっかりと勝利し、リーグ戦3位で順位を終えた。入れ替え戦は11月と、まだ2ヶ月も少し先である。この2ヶ月間、今年最大の目標に向けて、どうチームを成長させて準備していくのか。川邊監督の腕の見せどころになる。

(了)

(著者プロフィール)
いしかわ ごう
北海道根室市出身。スカパー!の番組スタッフを経て、サッカーライターに。2013年2月に6シーズンつとめたサッカー専門新聞紙エル・ゴラッソの記者を卒業。現在はサッカーライティングやTV番組の企画構成を中心に活動中。趣味の将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。
ブログは「サッカーのしわざなのだ。」 ツイッターのアカウントは @ishikawago

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