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『町田でお待ちだ!』 第2回 アウェイの試練を乗り越えた町田

一つ山を越えたが、なお試練は残る

後半は町田が攻勢に立つ。待望の先制点が生れたのは52分。サイドが高く構える讃岐に対して、ボランチ庄司悦大は「自分のところで(相手を)外して、逆に振ればチャンスになるイメージ」していた。庄司は狙い通りのサイドチェンジを右サイドに送り、DF三鬼海がドリブルで縦に切れ込んで折り返す。「ちょっと溜めて、スペースに入った」という鈴木孝司がニアでパスを受け、対角のネットを狙ってシュート。一撃目はポストに弾かれるが、絶好の位置で詰めていたMF大竹隆人がミドルを放つ。当日6/16朝のコンフェデ杯の日本戦で、ブラジル代表のFWネイマールが決めたシュートを「Youtubeで見た」という彼が、同じように決めて見せる。シュート後のパフォーマンスも、ちょっと滑ったけれど(?)ネイマールだった!

しかし直後の64分、町田は大ピンチを迎える。62分に三鬼が足を攣り、ピッチ外で治療を受けている間のプレーだった。後半の讃岐は選手同士の距離感が遠くなり、連携で右サイドを崩す狙いが薄れていた。しかし「アンドレアのランニングを使おう」(北野誠監督)という二の矢から、左サイドの仕掛けを繰り返す。「ジェフリザーブスでやったことがあるし、ゼルビアの練習にも来ていたので、何となく覚えていた」という三鬼はこのアフリカ系フランス人にしっかり対応していた。しかしこの時間帯は彼がピッチにおらず、安易に複数が寄せたことで、右サイドに大きなスピードを空けてしまう。

俊足の村上が追走し、アンドレアにスライディングタックル。このプレーで、讃岐にペナルティキックが与えられる。記者席からは先にボールへ届いたように見えたし、タックルの位置は間違いなくエリアの外だった。村上本人も「エリアの外じゃなければ滑りに行ってなかった」とのこと。しかし判定は判定。ここはアウェイなのである。

やや間があって、PKをセットしたのは木島良輔。10年には町田でプレーし、弟の徹也は町田のユニフォームを着て同じピッチに立っていた。木島良輔はこのPKが「やりづらかった」と明かす。町田の吉田宗弘GKコーチは元チームメイトで、「読まれている」という警戒感があった。木島はボールを置くと、くるりと後ろを振り向き、GKと対峙。キックフェイントを入れてGKを誘い、相手が動くまで焦らして逆方向に蹴る、といういつも通りのやり方でシュートを狙う。実際にGK相澤貴志の逆を取ったが、肝心のシュートが枠の左に逸れてしまう…。

攻めあぐねた終盤の讃岐は、大型CB藤井航大を前線で起用し、パワープレーからゴールを狙った。しかし町田は集中力を切らさず、虎の子の1点を守って試合は決着。讃岐との勝点差を3に縮み、4戦勝ち無しで選手の気持ちがネガティブになるのを避けられた。町田にとって「山を越えた」(秋田監督)アウェイの大一番だった。

一つ山を越えたからと言って、昇格に向けた試練が終わったわけではない。町田の戦績を見るとアウェイ8試合は6勝2分けと絶好調だが、ホームが3勝2分3敗と冴えない。大竹は「今日はチャレンジャーという気持ちが強かった」と讃岐戦を振り返る。アウェイの厳しい状況、展開なら緊張感は嫌でも保たれ、選手の頑張りも引き出される。しかし自分達が“恵まれた”立場の時にどうやって試合を運ぶか――。そこに町田の課題がある。

町田の「強さと未熟さ」を象徴するのが、前線の若手たちだ。秋田監督は小まめに選手を入れ替え、競争状態を作って来た。大卒新人の岸田和人、真野亮二、村上聖弥に加え、19歳になったばかりの斉藤翔太も最近では起用されている。彼らが決定的な場面に迷い、力みでチャンスを逃している場面が多い。讃岐戦のように開き直れる展開ならば良いが、問題は自分たちが攻めあぐねている、無理にでも点を取りに行かなければならない状況だ。“やれるはず”という思いと、実際の試合展開のギャップがある時に、自分たちを制御できなくなり、バタバタとプレーしてしまう。そこにホーム戦不振の理由がある。

大卒2年目の鈴木孝司、庄司悦大は昨年、同じような試練を経験した。鈴木はJ2で18試合に出場しつつ無得点と苦しみ、庄司も自分を見失って低迷した。しかしそこを乗り越えた鈴木は、カテゴリーが違うとはいえここまで7得点。庄司も攻守に欠かせない存在として独り立ちしつつある。若手アタッカーは未熟だからこそ、大きな伸びしろがある。彼らがもがきつつ結果と自信を得て、常にリズムを崩さずプレーできるようになる――。そういう脱皮の先に、町田のJFL制覇はあるだろう。

前半戦の折り返しとなる第17節の相手は、現在2位につけるAC長野パルセイロ。会場はホーム野津田である。外弁慶の町田にとって、讃岐戦より険しい山かもしれない。

(了)

(著者プロフィール)
大島和人(おおしま・かずと) 1976年生まれ。“球技ライター”の肩書で、さまざまなボールゲームを取材(見物?)している。主な寄稿先に『エルゴラッソ』『サッカーマガジン』など。12年にはJ’s GOALのFC町田ゼルビア担当としてJ2初年度の戦いを追い、併せて町田市に転居。今年も引き続き地元クラブの取材を続けている。

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