第20回 別れと旅立ちと
それから小林さんは締切りの期日より5日も早く、原稿を送ってくれた。ところどころに悪戦苦闘の跡が見られる力作だ。私はライター業はそこそこ長いが、編集経験はほんの少ししかない。できたてほやほやの原稿に目を通す編集者の喜びって、こういうやつなのかとあらためて知った。そうして生まれ出た小林さんの手記は、4月25日発売の『Soccer KOZO』に掲載される。どうぞ、お楽しみに。
サッカー選手はどこへ行くのか
私はサッカー選手のセカンドキャリアを継続的に取材している。ある人は指導者として着々と経験を積み、ある人はまったく違う業界に身を投じ、一方で行方の知れなくなった人もいる。どこかで元気に暮らしていればいいが、と願うしかない。今回の土肥さんと小林さんは選手時代の実績が豊富で、いずれも恵まれた立場にある。土肥さんのようにクラブに残る選択肢を与えられたり、小林さんのように知見を広める時間を持てる元選手は決して多くないのが現状だ。
思い出されるのは、5、6年前に秀逸な出来と話題になった競輪のコマーシャルである。さまざまな職業に扮した現役の競輪選手たちが、田園や街をロードバイクで駆ける。
「エリートでいること。人の上に立つこと。それが俺の人生」
「東京だけが成功か? 誰が故郷を守ってるんだよ」
「身体張って、汗をかく。そういう生き方しか俺は知らない」
このようにひとりずつ独白のセリフがあり、おそらく警備員の役だろう人がこんな言葉を吐くのだ。
「第二の人生って何だよ。俺は一度も終わってないよ」
そして、ラストシーンは競輪のトラックで全員が競り合い、「勝つのは、誰だ」「勝利とは、何だ」と締められる。競輪の面白さは、出身地のつながりや師弟関係などの人間模様がレースに色濃く反映されるところにあると聞く(私はハマるのが怖く、手を出せずにいる)。なるほど、よく練られたCMだ。
私のような外にいる人間は、選手の引退後をセカンドキャリアと位置づけるが、「俺は一度も終わってないよ」と反発を覚える人もいるのではないか。中には、選手だった自分とその後の自分に折り合いをつけられず、長く引きずる人もいるに違いない。
もっとも、サッカー選手だけが特別ではないのだ。明日の保証がないのは、どの仕事でも同じだ。このご時世、会社員といえど将来は安泰ではない。
大きな転換に際し、人は慣れていくしかないのだろう。新しい何かを見つけたとしても、容易に埋められるものではない。もうひとりの自分がいなくなったような日々に、ただひたすら慣れていく。懐かしむように振り返られるのは、たぶんずっと先のことだ。
(了)
(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。著書に東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。
海江田哲朗 東京サッカーほっつき歩記は<毎月第1水曜日>に更新します