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第20回 別れと旅立ちと

それぞれの道

春は、別れと旅立ちの季節。3月、私は選手を引退したばかりのふたりに雑誌の取材で会った。

土肥洋一さん(39歳)と小林慶行さん(35歳)。土肥さんは柏レイソル、FC東京、東京ヴェルディで21年間活躍したゴールキーパーだ。J1、J2、JFLで通算453試合に出場。90年代以降の日本サッカーを代表するキーパーのひとりである。今年から東京ヴェルディの育成GKコーチに就任した。小林さんは東京ヴェルディ、大宮アルディージャ、柏レイソル、アルビレックス新潟でプレー。J1で通算310試合に出場している。状況判断に優れ、クレバーなプレーで攻守の舵取りをするボランチだった。

ふたりは好対照に映った。土肥さんは「まだやりたかった。今でもやれるものならやりたい」と現役への未練を隠さない。小林さんは「右ひざが限界だったんです。とても選手を続けられるレベルではなかった」と話した。

引退を決め、すぐに指導者への道を歩み始めた土肥さんに対し、小林さんは将来的に指導者として一本立ちすることを見据え、しばらくフリーの立場でさまざまなことを勉強していくそうだ。育成年代の指導、クラブのマネジメント業、解説者、サッカーについて書く仕事にも興味があると語った。現在はひとりの社会人として生きていく上で、あらゆることに不足を感じる、と。

「何か書く仕事があったら紹介してください」と小林さんから聞いた私は、これは面白そうだと思った。ちょうど『Soccer KOZO』(白夜書房)という雑誌が次号で監督特集をやることになっていたため、編集N氏に打診してみた。ライターによる聞き書きではなく、これから指導者を目指す元選手の手記を掲載してはどうか。私自身が、多少不格好でも肉声の感じられる記事を読みたいと思ったのだ。ノリのいい編集N氏は6ページ用意すると確約してくれた。あとは小林さんが本気でやるか確認するだけである。

『Soccer KOZO』という雑誌が興味を持っています。いっちょ、やりますか?
「ほんとですか。やってみたいです」
言っときますけど、テレビの仕事と比べ、雑誌の原稿料は安いですよ。○万円です。
「構いません」
ただし、ベテランもルーキーも同じ額です。
「それはちょっと申し訳ない気もしますが。はたして、どれくらいの量を書くことになるんでしょうか?」
6ページだから、最低でも400字詰め原稿用紙10枚くらいですね。
「原稿用紙10枚……(絶句)。全然ピンとこない」
まぁ、のびのび書いたらいいですよ。ヘタでもいいんですから。
「もう少し詳しい話を聞かせてもらい、自分がやれそうだったらチャレンジさせてください」

後日、埼玉県内のスターバックスで打ち合わせし、小林さんに原稿を依頼することが正式に決まった。その場で、原稿料については出版社と直接やり取りしてもらうこと、私は編集補助として出版社から報酬を得ることなど、いくつかの確認事項を話した。お金の絡む話だから、あとで揉めることのないようにクリアにしておく必要があった。そして最後に、原稿の直しに関する希望を訊ねた。

書き上がった原稿をこちらでリライトするか。
それとも原稿に赤字を入れ、自分の手で直しを入れるか。どちらがいいですか?
「良くない点を指摘してもらい、自分の手で書き上げたいです」

その回答は予想されたものだった。私は小林さんの選手時代を知る。自分の考えをしっかり持つ、相当な頑固者と記憶していた。じゃあ、どうぞよろしく。原稿待ってますよ、と別れた。

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