第16回 ドライバーの心
同業者とのつながり
ふと運転席の窓を見ると人影が。草津のドライバーさんだった。「あ、どうも。お久しぶりです」と伊藤さん。
「今日はザスパが勝たせてもらうよ」
「いやいやそういうわけにはいかないよ。こっちだって勝って終わりたいんだから」
「これ、帰りに食べて。柿ピー」
「ありがとね」
「じゃ、また」
おー同じ仕事に生きる男同士のいいやり取りだ。ここにも静かな戦いがある。
ドライバーの間で交流ってあるんですか?
「ありますよ。渋滞のポイントや時間帯を教えてもらったり、助かってます」
ということは、J1クラブのドライバーさんとは、かなりご無沙汰ですね。
「そうですね。ガンバとかセレッソの知り合いとはしばらく会ってないです。元気にしてるかな」
あ、ガンバの人とは来年会えるかも。
「やめてよー。どうせ会うなら、J1に上がって会いたい」
が、今季のJ1の結果は皆さんご存じの通り。
来年、伊藤さんはガンバ大阪のドライバーさんと再会を果たすことになる。
「今年最後の試合、勝ってほしいね。勝ち負けがあるものだから仕方ないけど、負けたあとは選手にどう接していいのかわからない。つい隠れちゃうんだよな。できるだけ顔を合わせないようにしている。自分なんかよりずっと落ち込んでいるのがわかるから、気安く声なんてかけられない」
このとき私は伊藤さんの真顔を初めて見た気がした。
もはや笑ってるのが地顔の、奇跡的な人なのではないかと思っていたくらいだ。
「ぶすっとした顔で仕事をしている人、いやでしょ。そんな態度を取っていたら、チームにも会社にも迷惑がかかる」
今日が終われば、私は来年1月のキャンプまで伊藤さんと会うことはないだろう。だいぶ早いが、今年もお世話になりましたと挨拶をする。
「最後なんだねえ。このあと、ほらいろいろありますよね。チームを離れる選手のこと、新聞とかで知るんです。さよならも言えない。それがさみしい」
最後にちょっと心配になって訊ねた。
現在、伊藤さんは58歳。やっぱり、ドライバーのお仕事に定年はあるんですよね?
すると、伊藤さんは珍しくごにょごにょ言葉を濁して語らなかった。職業病といえる腰痛についても「全然大丈夫!」と頑として譲らない。身体が続く限り、とことんやりたいと思っているのかもしれない。J1に上がるまでは、やめられっかの気持ちもあったりして。
(了)
(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。著書に東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。
海江田哲朗 東京サッカーほっつき歩記は<毎月第1水曜日>に更新します