TOP>>コラム>>column ほっつき歩記>> 第8回 どこまでいっても男は
kaieda

第8回 どこまでいっても男は

94歳の現役プレーヤー

現在、育夫さんは御年70歳の身であるが、シニアチームに属するプレーヤーでもある。チームで唯一の元日本代表だ。練習は週に2回。東京都北区の赤羽スポーツの森公園競技場で行っている。メンバーは関東一円から集まる。皆、年齢が年齢のため近場でサッカー仲間を見つけるのに苦労し、プレーできる場所はここしかないという人がほとんどだ。そこまでしてボールを蹴りたい、骨の髄までサッカーマンが練習に通ってくる。

シニアの参加条件は60歳以上で、最高齢プレーヤーは94歳だ。ちなみに94歳の方は、毎日1時間のトレーニングを欠かさないそうである。ある日、育夫さん宛てに手紙が届き、そこには「小生は健康のためにサッカーをやっているのではありません。サッカーをやっていたら結果的に健康が保たれるだけです」と綴られていた。

全力疾走でボールを追い、身体を激しくぶつけ合うサッカーではない。プレースタイルは年齢に応じてゆったり変化し、若い頃は目をつむってもできたことがミスになる。それでもサッカーを楽しむことはできる。味方と協力し、丁寧にボールを受け渡しながら、一心にゴールを目指す。

あるときの試合では、ゴールキーパーが味方のバックパスを平然とキャッチした。当然、レフェリーが反則行為の笛を吹く。すると、「なんで手で取ったらいかんのじゃ」と怒りだし、「俺たちの時代とはルールが変わったんだ」と育夫さんが説明しなければならなかった(※1993年のFIFAルール改訂により、意図的なバックパスを手で扱うことが禁止された)。そのゴールキーパーは、そんなことを急に言われても承服しかねるといった様子だったらしい。

「この年になり、初めて楽しみながらプレーしとるよ。たまに頭にくることもあるがね。つまらないミスがあったり、蹴るなと言っているのにドカンと蹴られたら面白くないわな。まあ、昔みたいには怒らん。みんなでサッカーをやることに目的があるから。それでも勝ち負けにはこだわる。負けたら、やっぱり腹が立つもん」

血気盛んな時分なら黙っていられなかった育夫さんが、懸命に怒りを堪える姿を思い浮かべると可笑しい。

すっかり冷めたコーヒーを飲み干し、今日はこのへんでと腰を上げるかと思いきや、話はまだまだ終わらない。今後の日本サッカーに展望を馳せ、茶髪や金髪が横行する若者に憂い、インターネットは毒だから覗いてはいけないと断じる。古臭さが鼻につかないのは、こざっぱりとした人柄ゆえだろう。

そうして今日も、育夫さんと私の阿佐ヶ谷の夜は更けていった。

(了)

(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。著書に東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。

海江田哲朗 東京サッカーほっつき歩記は<毎月第1水曜日>に更新します

◆前後のページ | 1 2 |