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第27回 さらば、国立

昔のサッカー選手は大変だ

特別展「SAYONARA国立競技場」は1964年の東京オリンピックの資料から、戦前・戦後の日本スポーツの足跡を振り返ることができる。サッカーコーナーはいろいろあった。トヨタカップ関連、1977年のペレのサヨナラゲーム、1979年のワールドユース(現FIFA U-20ワールドカップ)を制したアルゼンチン代表のディエゴ・マラドーナのサインボールなどなど。

東京オリンピックの日本vsアルゼンチンで使用された皮張りのボールは、いかにも堅そうだった。こんなの、よくヘディングできたもんである。当時のボールには、晴天用と雨天用があったんだ。知らなかったなぁ。雨天用は水分を吸収しにくい高度な造りになっているのだろうが、それを晴れた日に使わない理由はなんだったのだろう。あらかじめ吸収する水分を計算して、ちょうどいい重さになるようになっていたのか。謎である。

私はある展示物に釘付けとなった。聖火安全点火具とある。つまり、チャッカマンだよね。これほど気高く、洗練されたデザインのチャッカマン、初めて見たよ。半世紀も前の物なのに、少しも古さを感じさせない。そして、懐かしのカール・ルイスの巨大パネルを見上げる。自分にとって足が速いといえば、やはりこのアスリートだ。

登山コーナーがずいぶんと充実しているのはなぜだろうと不思議に思った。これはちょっと畑違いではないのか。そっか、秩父宮殿下がアルピニストだったんだ。ま、ご愛嬌である。いちいち細かいことを言うものではない。笑ったのは、クイズコーナーだ。たとえば「Q:国立競技場で行われたことのあるイベントはどれでしょう? 1.結婚式 2.法要 3.コンサート」。ここで解答を明かすのはルール違反だから書かない。ぜひ、ご自分の目で確かめていただきたい。

ひと通り見て回り、予想以上に感慨深いものがあった。私は国立の歴史のほんの一部しか知らない。だが、幾多の優れたスポーツマンがおり、その延長線上に現在があって、私はここに立っている。勝手に胸にくるものがあり、聖火台をあしらったピンバッチ(500円)を記念に買ってしまった。こういうものには一切興味を示さなかったのに、どうしたことだろう。付属の解説書を読むと、聖火台を製造したのは美術鋳造の名工である鈴木万之助氏とその息子たちとある。工房があったのは埼玉県川口市。へえ、そうなんだ。国立競技場が新築されたのち、聖火台の扱いはどうなるのだろう。

スポーツ博物館は来年5月まで営業している。ただし、併設される図書館は今年の12月27日まで。御用のある方はお早めに。

国立競技場を出て、イチョウ並木の道をふらふら歩いた。すると、これまで目に入らなかったものがたくさんあることに気づく。ふだんは勝っても負けても試合のことで頭がいっぱいなんだ。こんなところにビルがあったっけ? そんなふうに駅まで歩くのは新鮮で、けっこういい気分だった。

(了)

(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『スポーツナビ』など。著書に東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。

海江田哲朗 東京サッカーほっつき歩記は<毎月第1水曜日>に更新します

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