『いしかわごうのウルトラなる挑戦記』 第3回 田中麻里菜 出撃せよ
「ピッチ状態が悪いので、後ろからもセーフティなボールが多くなると思っていました。そこでボールを収めたり、追いかけるという動きを意識してましたが、なかなかうまくボールを収めることができなかったですね。相手のボールになってしまい、それが攻撃になってしまう悪循環でした」
感覚はまだ十分に戻っていない印象だったが、それでも追撃の1ゴールを記録したのはさすがだ。3点差を追いかける後半、56分にCKのこぼれが目の前に転がって来ると、右足を冷静に振り抜きゴールネットを揺らしている。ゴール前には敵味方が密集していた状況で、あれだけ時間と空間がなかったのにも関わらず、よくコースが見えていたものだと感心するが、本人はハッキリと軌跡が見えていたと胸を張る。
第3クールに突入し、1部昇格への難敵を迎え撃つ
「ごちゃごちゃしていたのですが、実はちゃんと見えていたんです(笑) フリーだったし、真ん中に蹴ると相手に当たりそうだったので、端を狙いました」
直後にも右サイドをえぐった福原菜緒のクロスにヘディングで折り返してゴールを狙う場面があったが、これはGKの手元に収まってしまった。この試合に関していえば、サイド攻撃を徹底して押し込んでいたこの時間帯に畳み掛けていくのが、スフィーダにとって唯一の勝ち筋だったのかもしれない。3点差を追いかけるため、後半から川邊監督は[2-4-4]という前傾姿勢にした超攻撃的な布陣で勝負をかけていたのだ。
「後半になってサイドからのチャンスは増えましたね。前に人数もかけてましたし、数的同数になっていたので相手を外すことでチャンスもあった。そこで決めていれば・・・という思いはあります」
試合は、76分、チーム全体が前がかりになった隙を突かれて、FW小島美玖に痛恨の追加点を許し1−4。残念ながら、これで勝負あり。だが大蔵総合運動場にため息がもれる中、ゴールネットからすぐにボールをかき出して、ひとり駆け足でセンターサークルまでボールを運ぶプレイヤーがいた。
田中麻里菜である。
そしてキックオフまでの間、下を向く味方に向かって手を叩いて鼓舞し続けていた。実はこの試合における彼女自身のコンディションは、万全とは言い難かった。後半途中にはしきりに膝を気にするしぐさもしている。聞くと、試合途中にひざの力が抜ける感覚に襲われていたそうだが、それでも気合いで走り続けていたそうである。しばらくしてなんとか力が戻ってきたそうだが、本人はごく真顔で話していたので、本当にそういうことだったのだろう。自分がそんな状態でも、チームが苦しいときに味方の尻を叩ける存在だ。実に彼女らしいな、と思った。
リーグ戦は、いよいよ第3クールに入っている。 ここから先は、なでしこジャパンの大野忍の電撃加入が発表されたASエルフェン狭山を筆頭に、対戦相手は難敵ぞろいだ。なでしこリーグ昇格に向けて、今まで以上にキツい坂道を登っていくことになるだろう。だからこそ、田中麻里菜の復帰が頼もしい。それを見い出せた大蔵の敗戦だった。
(了)
(著者プロフィール)
いしかわ ごう
北海道根室市出身。スカパー!の番組スタッフを経て、サッカーライターに。2013年2月に6シーズンつとめたサッカー専門新聞紙エル・ゴラッソの記者を卒業。現在はサッカーライティングやTV番組の企画構成を中心に活動中。趣味の将棋はアマ三段(日本将棋連盟三段免状所有)。
ブログは「サッカーのしわざなのだ。」 ツイッターのアカウントは @ishikawago