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第12回 サッカー居酒屋(前編)

「世代交代だね」

この日、私はぶらっと訪れただけで、アポイントは取っていなかった。挨拶がてら、いつか時間があるときに話を聞かせてほしいと約束を取り付けることが目的だった。

マスターが手を休めたタイミングを見計らい、話しかけてみる。

「お店を閉めると聞いたんですが、いつ頃まで営業されていますか?」
「10月まではやってるかな。11月は約束できないね。もう年だもん。俺は釜本と同い年。世代交代だよ」
「そうすかぁ」
「お兄さん、どこ住んでるの?」
「立川です」
「どっか応援しているチームは?」
「ヴェルディに決まってます」

といった話をし、「ちょっとご相談がありまして」と切り出す。マスターは「少し待ってて」と言い、しばらくしたら銀色のカップを持ってカウンターに腰を下ろした。そして、常連客の女性とその連れを交え、サッカートークが始まった。

そういえば、2年前に来たときもこんな感じで、マスターは客の輪にすんなり入ってきて、サッカートークを繰り広げていた。当時は東京ヴェルディが経営危機に揺れている時期で、「俺から言わせると、ヴェルディはサポーターの問題だよ。外に開いていないんだ。だから、どこのサポーターも真剣に助けようって感じにならないじゃない」と、だいぶ辛辣なことを言われたのを憶えている。

店内のモニターは、ロンドン五輪の女子サッカー準決勝、日本代表とフランス代表の再放送を映していた。マスターはそれに目をやりつつ、感慨深げに言う。
「すごい試合だったよな。頭がおかしくなって、しばらく寝付けなかった」
「今日の深夜は男子の準決勝がありますけど、お店は開けるんですか?」
「やらない。うちはランチやってるから。俺はサッカーはひとりで観たいな。みんなで観たいという気にはならないね」

マスターはスタジアムに行ったときも基本は単独行動だそうだ。試合を観たら、さっさと帰る。選手のヒーローインタビューや監督の談話には関心がない。興味があるのは、サッカーそのもの。自身が現役のプレーヤーであり、両足の親指には大きな血豆をこしらえている。

あらためて、私はマスターの歴史に分け入ってみたく思った。なぜ、サッカーファンの集まる場所を作りたいと考えたのか。長年、日本サッカーを見続け、何を思うのか。次回に続く。

(了)

(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。著書に東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)。

海江田哲朗 東京サッカーほっつき歩記は<毎月第1水曜日>に更新します
※第12回の掲載が編集部の都合により第2水曜日の掲載となってしまった事をお詫びいたします

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