第4回 なでしこを見る
ベレーザ強し
ふと視線を上げると、競技場を囲む生垣の向こうから試合を見ている人がいた。周辺はランニングコースになっているため、人の往来が盛んだ。そう、この試合会場は周囲の目を阻むことができない。入場料を払わずに立ち見をしようと思えば容易で、厳密には運営の不備に当たるが、入場者から不平を訴える声はクラブに届かなかったという。それならば特に問題はないのだろう。
後半はバックスタンドの芝生席に座って試合を見た。家族連れが多く、ビニールシートを敷き、お弁当を食べながらサッカーを観戦している。声を上げて応援するサポーターも少数いるが、Jリーグとはひと味違う、牧歌的な雰囲気が漂う。
ベレーザがリードを保ったまま試合は進み、85分、岩渕がお役御免とばかりにピッチを退く。13番を付けた小さな背中にスタンドから盛大な拍手に送られた。
岩渕にはこれまで何度か話を聞く機会があった。取材は苦手らしく、口数は多くない。訊かれたことに対し、ぽつぽつと自分の考えを話す。話が横道に逸れたとき、十代の少女らしさを覗かせることはあったが、ことサッカーに関しては浮ついたことを一切言わなかった。
先のワールドカップ、岩渕は日本代表のメンバーに最年少の18歳で名を連ねた。5試合に途中出場し、ドリブルで攻撃のアクセントになる場面もあったが、コンディションが十分に整わなかった影響もあり特筆すべき成果を残していない。大会でのパフォーマンスについては、何よりその表情が雄弁に物語っていた。日本が快進撃を続け、チームが歓喜に沸くなか、画面の隅っこに素の岩渕がいた。感情を押し殺した、実に深みのある顔をしていた。それまで私は岩渕に取り立てて強い興味を覚えなかったが、次世代のホープと言われる彼女が心の奥底に何を抱くのか急に気になっている。
試合は2‐0でベレーザの勝利。残り5節、首位のINAC神戸レオネッサを勝点6差で追う。なお、この日の観客数は1029人だった。終了後、育成組織のメニーナの選手がスポンサーの幕を取り外すなど、後片付けをしていた。
その様子を横目で見ながら出口に向かい、しっとり水気を含んだ芝の上を歩く。やがて彼女たちのなかから、ベレーザを背負って立ち、日本を代表する選手が出てくる。なでしこの花言葉は「純愛」「無邪気」のほかに、「大胆」「勇敢」。可憐で力強いなでしこの花々が咲き誇らんことを。
(了)
(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『季刊サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。今秋、東京ヴェルディの育成組織を題材にしたノンフィクション『異端者たちのセンターサークル』(白夜書房)を上梓(発売は2011年10月25日)