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第2回 ヴェルディの本懐

ヴェルディのシルクロード

7月に入ってから、私は少しばかり大掛かりな仕事のため、これまで東京Vの育成組織に携わった指導者を訪ね歩いている。

気分は、東京Vのシルクロードを往く旅人。誰かと会えば、また別の誰かに会う必要が生まれ、人から人へと渡り歩く。すべての行動は自分の意思で決まるとはいえ、何か得体の知れないものに動かされている感じで、指し示される道をずんずん往く。誰かと会うたびに未知との遭遇があり、新たな景色が開けてくる。気分が悪かろうはずがない。

単に、知識や情報が増えるだけではない。その際は、少なくない「問い」を持ち帰ることになる。どちらかといえば、収穫より「問い」のほうが多い。よって、取材を重ねるごとに、わからないことや増えていく妙な具合になっている。漠然とではあるが、あらかじめ定めた目的地はあり、そこまで辿り着けるかどうかを案じている。

いまのところ、話を聞かせてほしいと依頼した関係者全員が快く会ってくださった。中には忙しい合間を縫って、時間を割いてくれた方もいる。その人たちにとって、話相手が私である必要はこれっぽっちもない。とりわけ育成に関しては、それぞれの信念があり、独自の見識と言葉を持つ。要するに、望むとあらば聞かせてやりたい話を両手いっぱいに抱えている。凋落して久しい東京Vにとって、本当になけなしの誇りなのだと思う。

先週はガイナーレ鳥取の松田岳夫監督を訪ねた。2年前の春、東京Vの相模原支部からユースに加入した南を、それまでのMFからFWに据えたのは、松田監督の判断である。

「ちょっとばかし足元に自信があるからと、楽なところでボールを受け、さばくだけで仕事をした気になっていた。だから、相手の寄せが厳しいところに放り込んでやったんです。そこで技術を発揮できなければ、先はないんですから」

その南は、松田監督→冨樫剛一監督→楠瀬監督へと引き継がれ、来年はほぼ確実に川勝良一監督の下に置かれる。それ以前を含めると気が遠くなるほど長いスパンをかけ、ようやくひとつの答が出る。育成とはそういうものだ。

京都で会った与那城ジョージさんは言った。

「2年? 3年? イチから始めてその程度の期間では、本当に強いチームは作れないですよ。僕らのときは10年かかった。とても難しい仕事。途中、断絶したら最初からやり直しです」

さまざまな人と会い、私はひとつだけはっきりした考えを持つに至った。当分の間、東京Vは川勝監督を絶対に手放してはいけない。トップと育成を連動させ、怪しい動きがあったときに睨みをきかせられる人物はほかにいない。さもなければ、「ヴェルディでは監督より靴下の方が長持ちする」と言われた時代に逆戻りするだろう。そして、今度こそクラブの最後の財産を喪失する。

(了)

(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『季刊サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。

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