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第1回 東京とサッカーと人

振り返って、選択肢は3つあった。東京VとFC東京のどちらかに肩入れをするか、いずれにも等距離を取るか。それ以外のクラブというチョイスもなくはないが、現実的に可能性はなかったと思われる。そうまでして、特定の対象を欲しているわけではなかった。

空恐ろしく感じるのは、自分が意識的に選び取ったという覚えがないことだ。気付いたら、そうなっていた。私のサッカーに関する取材歴は、2000年にひょんなことから浦和レッズの仕事が舞い込んだときからスタートしている。01年、東京移転初年度の東京Vに通い始めた。初めはもろに打算であった。仕事の需要がありそうに思え、一応都民だから近場がベストだと狙いを定めた。クラブの経営権を握る読売グループの考え方は醜悪だと感じていたが、とりあえず封印した。02年はFC東京の様子も気になり、ちょいちょい試合に出入りしている。

それがどうしてこうなったのか。いくつか分岐点はあったように思うが、結局のところ東京Vから離れられなかった。煎じ詰めてみると、私を導いたのは人との出会いである。否応なく興味を惹かれるユニークな人がいれば、逆にできれば忌避したいと感じながら、心情の深いところに手を伸ばしたいと思わせる人もいた。やがて、緑のクラブがゆっくりと身体になじんでいった。

東京サッカーのケモノ道

一方で、東京全域をターゲットとするサイト趣旨から、あちこち出歩くことになる。東京の人口は1300万人を超す。きっと想像をはるかに超越する人がいて、さまざまなサッカーがある。都会のジャングルのケモノ道をじゃんじゃん分け入ってみたい。そうして新しい人と出会い、知らなかった東京サッカーの一面を発見する。根っこが違う私だから書けることがあるかもしれないと考えた。

偉い人だけではなく、偉くない人のことも書く。正確には、世間的に偉いとされていない人を見つけ、「けっこうな人物がいますよ」と言いふらせたら本望だ。現在、東京のそこかしこでサッカーが親しまれ、多くの子どもがプレーする環境ができるまで、井戸を掘りつづけた人がいる。その人たちのことを忘れてはいけない。

偉大かどうかは別にして、自分なりの態度でサッカーと生きる、市井の人を訪ねてみたく思う。材を取る(取材)ような一方的なものではなく、ちょっと話を聞かせてもらえませんか、と隣り合わせになれればちょうどいい。東京とサッカーと人。そこに何があるのか、ほっつき歩く日々が始まる。

2011.7/11(月)

(著者プロフィール)
海江田哲朗(かいえだ・てつろう)
1972年、福岡県生まれ。獨協大学卒業後、フリーライターとして活動。東京ヴェルディに軸足を置き、日本サッカーの現在を追う。主な寄稿先に『季刊サッカー批評』『週刊サッカーダイジェスト』『週刊サッカーマガジン』『スポーツナビ』など。

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